東京都港区南青山生まれ、東京都立川市育ちです。
大学卒業後、大手都市銀行に就職しました。銀行には本部18年、支店7年の計25年間在籍したのち、業績が低迷していた旧JASDAQ上場企業に転職し、顧問及び代表取締役社長として通算6年間、業績回復の陣頭指揮を執りました。同社の業績回復の方向性が見えた段階で同社を退社、同社の会計監査を担当していた公認会計士事務所兼税理士法人のアドバイザーとして入所しました。
会計事務所では公認会計士業務及び税理士業務の傍ら、クライアント企業の経営を託されることが多々あり、うち2社の経営に関与していましたところ、そのうちの1社を介し、インドネシアの首都ジャカルタの郊外で和食のレストラン事業を起業することになりました。
インドネシアで活動している中で、インドネシア人は「インドネシアが世界一の親日国家である」と思っていることや「日本で働きたい若者」が数多く存在することを知りました。それならば社会貢献の一環として、インドネシア人の若者と日本の中小零細企業の架け橋になろうと思い立ち、日本に帰国、令和元年、行政書士資格を取得しました。翌年、多摩北行政書士事務所を開業し、当初の想いを実現すべく活動しようとしていましたが、コロナ禍で政府が外国人の来日を制限、活動を自粛せざるを得ない状況になってしまいました。
ならば、他に行政書士資格を有効に活用して社会に貢献できる業務はないかと模索していたところ、行政書士会斡旋の書籍を入手、自賠責保険の「被害者請求代行業務」の存在を知り、取り扱い業務とすることにしました。
その後、国として推進している再生可能エネルギーの普及を後押しするための「再生可能エネルギー買取制度申請の代行業務」、「車庫証明と自動車登録代行業務」、「補助金申請支援業務」、「墓じまい代行業務」等、人や企業、社会に貢献できる業務を中心に活動しています。
太平洋戦争終結後のベビーブームに生を受けた団塊の世代に属するため、年は重ねていますが、人生100年時代、まだまだ、頑張れると自負しています。銀行、上場企業、会計事務所、インドネシア、それぞれの経験で得られた学びや知見を生かし、社会に貢献できる活動のため、微力ながら、全身全霊を傾けたいと思っています。